アクセスカウンタ

プロフィール

ブログ名
山書の林
ブログ紹介
このblogでは、自分が読んだ山の本・山岳書および、旅の本、動植物などの本を紹介して行きたいと思っています。もちろん、古書も含みます。あくまで個人の感想です。

どちらかというと、希少本ではなく、自分が比較的お小遣い程度で購入できる、昭和30年代以降の最近の本をターゲットとします。
help リーダーに追加 RSS

沈黙の歌 串田孫一著

2009/11/14 19:55
画像

集英社の一冊。購入したものは1981年の初版でした。巻頭の「沈黙の歌」も含めて50編のエッセイが書かれていますが、山の話はあまり出てきません。ごく普通の日常生活を取り上げたもの、子供の頃の話、音楽の話など、abcdの4章に別れています。ただ、特に章はあまり意味があるようには思えず、後書きでも、串田氏本人が4つに分けて整理したが左程意味はない、といったように書かれていました。

「ススロスの煙」では、「追憶の山」という串田氏の本の中で書かれた「立入禁止」という詩について書いています。その詩の中で「ススロスの煙」という部分があるのですが、これは串田氏が書いた手書きの文字を編集者が見誤り、そのまま雑誌に載せてしまったという誤植のようです。それを一つのエッセイとしてしまうのもまた串田氏らしいと思いました。

この中で一番印象に残ったのは「最後の手紙」でしょうか。わずか2ページほどの文章で、まめに手紙を書いてくれる小母さんと呼んでいた人の事を書いています。紅葉で色の染まった落ち葉をたくさん手紙の間に挟んで送ってきて、質問を串田氏にするのです。ごく簡単にさらっとした文章で書いてあるのですが、逆にそれが胸にずんと来る内容になっていて、思わず本をパタンと閉じてしまいました。そして、しばらくの間、その余韻でこの本を開けませんでした。

ゆっくりと時間を掛けて読むのによい本でした。
記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


常念の見える町 −安曇野抄− 蜂谷緑著

2009/11/09 22:37
画像

実業之日本社の一冊。蜂谷緑さんの名前を知ったのは「甲斐の山旅・甲州百山」という本を手に入れたからでした。この本は蜂谷さんのエッセイで2部に別れていて、最初は「はるかなる安曇野」ということで、疎開した安曇野の町についてのエッセイになっています。もう一つは「山と人間と」ということで、安曇野からは離れて山歩きのエッセイです。

最初の「常念の見える町」では、常念岳の麓に疎開した時の事が書かれていますが、お兄さんの一人を結核でなくした時の事が鮮明に描かれていて、胸にズンと来る内容です。その後も戦争時代の頃の話が続き、かなり重い内容に思えましたが、その後は歌会に参加してかなり歌も作られたようで、その頃の話が書かれています。

「二つの風 −春の木曽御岳」では、GWの頃に木曽御岳に登り、悪い天気の中を無理して降りる話です。下って家に帰ってみれば、とても命がけで下ってきたなどとは思いもしないような新緑の季節。高い山と平地は本当に季節が違いますね。

田淵行男氏による、麓からの残雪の残る常念岳の写真が一枚挿入されています。写真はこの一枚だけですが、この一枚の写真の影響はやはり大きく感じました。

そんなに頑張らなくても読める本で、山に登る話だけではないところが、この本の良い所だと思いました。
記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


檜原村紀聞 その風土と人間 瓜生卓造著

2009/11/01 22:06
画像

東京書籍の一冊。確か平凡社ライブラリーからも復刻版が出ていたと思います。瓜生卓造氏というと山岳小説を思い浮かべますが、このような本も出されていたようです。檜原村についての生活や歴史、長老の話などをうまく織り交ぜて紹介しています。

自分も山登りで幾度となく入っている檜原村なので、なんとなくあのあたりはこうだったなとか想像しながら読んでいくととても楽しく、また、たくさんの興味深い事実などが書かれていて面白い本です。例えば、日、火、ヒの付く地名は溶鉱炉や炭などに関連する地名が多いようです。確かに奥多摩には檜原もそうですけど、日向和田とか、ヒの付く地名が多いですね。そのあたりで炭焼きが多かったとか、炭焼きに使う木がよく取れたとか、そんな由来があるのかもしれません。また、マツは雑炭なのだけれど、この炭を利用して鉄を鍛造するとモリブデン鋼になる、なんて事が書かれています。しかも、これはマツ炭だけが特殊であり、他の木ではそうはならないとか、面白い事実ですね。さすがに今はほとんど外国産ということです。

また位牌山と呼ばれる場所があり、地元の人は絶対に買わないという山があるそうです。その山を買ったことにより、財産をなくしてしまったり、身内に不幸が訪れると信じられています。今でもそのような風習があるのかどうかは定かではありませんが、おそらくこの手の話はそう簡単になくなる物ではないでしょう。

なかなか興味深く読めた一冊でした。
記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


菫色の時間 串田孫一著

2009/10/21 21:38
画像

創文社の一冊。アルプ選書で箱があるはずなのですが、裸本でした。表紙には蔵書印もありました。自分は保存して飾っておくことが目的ではなくて読むことが目的なので、このような箱のない本も購入しています。紙を用意してカバーを付けてあげればまったく問題なく読めます。

この本は山のエッセイがほとんどです。串田氏らしい文章がいつも通り引き込まれますが、その中でも強く心に残ったのは「山と旅」という項でした。だいぶ回りくどい書き方をしているので、その真意をくみ取るのはいつもながら難しいものですが、次第に交通の便が発達して、今まで歩いていた街道はバスなどに代わり、ケーブルカーやロープウェイが設けられるようになって、途中の山道を一歩ずつ登って行く行為を省略して最も高い所に立つこと、これが賢明な山の味わい方になった、というような感じのことを書いています。串田氏としては汽車やバスなどを全く利用しないという訳ではなく、ある山へ登るためにそのルートを考え、コースを選ぶので、短い時間により深い山へ行き、より深い山の山頂に立つことのみを考えている人とは違う、と書いています。これは現代でも、有名な山へより簡単なルートを使って登り、そうしてすべてを登山したと数を数えているような人達にも当てはまるのではないかと思います。自分もいくつか簡単に登ろうと思えば登れる山に、このコースからでなくてはこの山には登りたくない、といった山がいくつかあります。それはまさに串田氏の考えに当てはまるものだと読みながらとても納得がいきました。

「外ノ川」では、串田氏が鳥甲山周辺に通っていた頃、厳冬期の2月に志賀から切明に縦走しようとして天気が悪くなり、外ノ川の方に降りていく様子が書かれています。スキーとザイル20mを持っているのでなんとかなるだろうと降りますが、途中でビバークし食料も少なくなり、次の日、さらに午後早い時間には和山に着けると考えていたところ夕方にようやく知っている小屋を見つけ、それでも、和山温泉に着いたのは午前3時だったという、遭難寸前の山行だったようです。淡々と書いていますが、それがかえってリアルな印象を受けました。

やはりいい本でした。
記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


山通いの日々 −青春を歩いた山々− 野口冬人著

2009/10/08 20:55
画像

発行は刊々堂出版社、発売は星雲社という所からの1冊。古書店で見つけました。野口冬人さんは温泉達人としても知られていて、かなり温泉本も売られていますけど、山の達人でもあり、藪山から沢登り、岩登り、冬山などオールマイティに活動されていたようです。山書の大家でもあり、相当に山の本を集められていて、山書について書かれた本はかなり高額になっています。この本はサブタイトルに「青春を歩いた山々」としている通り、若い頃に新ハイキングやいろりばたなど、雑誌や山の会誌などに書かれたものを集められたようです。

「苗場と鳥甲」から始まり、「初冬の七ツヶ岳」「冬の神流川旅情」「朱線の入らない一帯」「西上州の雪どけ道」などなど、人気のない山々にもよく入られていて、興味深い話が続々と続きます。やはり雑誌などの紙面の都合などもあったのか、意外にあっさりした書き方をしているものが多いので、ごく普通の人が読んで興味を持つかというと難しいかもしれません。しかし、山の好きな人、特にこの山域に少しでも入ったことがある人が読めば、その真価が分かるような気がします。

やはり印象的な話は「苗場と鳥甲−越後の屋根の秘境を行く」でしょうか。苗場山の山頂について目の前にさえぎるものはなにもない、というような事を書かれています。確かにあの山頂については不可思議なほど、広い山頂で、湿原が広がっている景色は登ってきた人を圧倒させます。その苗場から秋山郷の方へ下り、鳥甲山へ。それも水筒なしで登ったようです。あの山は下の水場以外は山中に一切水場がない山。昔は山ではあまり水を飲んではいけない、という迷信がありましたし、そんな時代背景もあるのかもしれません。山頂に着いて、秘境とは言っても誰にでも訪れられる秘境という気がしたというような事を書かれています。

本の後半では、山書についても記載されています。日本風景論から始まり、小島鳥水、冠松次郎、田部重治、藤木九三などの本を上げています。積ん読ではなく復刻版でも普及版でもいいから若い人に本を読むことをすすめるというような事が書かれています。今は安価な古書が数多く出回っている時代。少しでも多くの良い山の本を読みたいと思います。
記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


雪白き山 深田久弥著

2009/09/17 19:15
画像

二見書房の一冊。これは古書店で購入。著作の中から選び出したセレクションなので、以前に読んだ話もいくつか見掛けました。しかし、深田氏の著書はたくさんあるのですべてを読むのは難しいですし、また、一度読んだものでもすべての内容を覚えるなど自分の頭では到底不可能なので、そのような話も再度読んでも楽しい本です。

タイトルどおり、雪をキーワードにした話が多く選択されています。とは言ってもそうでない話ももちろんあります。最初の「地図を見ながら」という話は暇があれば地図を広げて見る事について書かれています。どの方の本だがは忘れましたが、同じように地図をいつも広げて見ているという話があったように記憶していますが、今の人でそこまで地図に入れ込むような人は少ないのではないかと思います。それはやはり情報が発達したことと、ガイドなどがたくさん出回っているし、山の登山道の整備も進んで極端に言えば地図がなくても歩けるような所まで出てきたからでしょう。まあ、それでも登山道以外の山登りを狙う人などはやはりどのようにルートを取ろうかと真剣になって見ることでしょう。でも、深田氏はどちらかというと等高線を見て、その場所がどのような場所であるか、それを想像することで楽しんでいたようです。

最後の方はヒマラヤの話を取り上げています。その中で「単独登山者」では、エヴェレストが登頂される前に単独で登ろうとした登山者の話です。宗教的な面から盲信的に山頂を目指し、サウスコルを前に力尽きてしまう登山者やわずかな金額で二人のシェルパを連れて、結局、強風のために断念せざるを得なかった登山家の話などです。このあたりは先日、ノイス氏の本を読んだのでとても興味深い所でした。
記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


尾崎喜八詩文集2 旅と滞在 尾崎喜八著

2009/09/07 22:46
画像

創文社の一冊。尾崎氏の本が続いてしまいました。これも詩集編で、「行人の歌」「旅と滞在」「高原詩抄」の全作品と「此の糧」「同胞と共にあり」の一部がとりあげられています。

「行人の歌」では、二才で亡くした自分の子供の事を詩っています。2ページほどの詩ですが、どんな気持ちでこの詩を詠んだのでしょうか。

「旅と滞在」では、山の詩がいくつも出てくるようになります。「三国峠」「神津牧場」「八ヶ岳横岳」など、山などをタイトルとした詩も見られます。「山麓の町」では、秩父のある町を題材にしていて気に入りました。武甲山や鳥首、笠山などが出てきますが、おそらく外秩父の駅あたりから見た風景を元に作られたのではないかと想像しています。

「高原詩抄」では、あの有名な「美ヶ原溶岩台地」が入っています。自分が美ヶ原に初めて行ったのは、小学生の頃。その時は朝は濃い霧で何も見えず、それが美しの塔あたりまで行ったら、急に晴れ上がって、青空と素晴らしい景色が広がったあの感動は今も忘れません。世界の天井が抜けたかと思う、という表現はまさにその通りと思うような本当に素晴らしい表現です。ああ、これを書いていると、また美ヶ原に行きたくなってしまいます。

「此の糧」「同胞と共にあり」では、やはり戦争時代の暗い雰囲気が漂い、兵隊や軍隊を賛美するかのような詩が入っています。意にそぐわない詩でも、そのように書かないと検閲され、下手すると牢獄送りになる時代ですから、仕方がなかったのかもしれません。そのせいか、後書きでやはり尾崎氏も戦争賛美者としての烙印を押されたが、戦争によってうまい汁は吸わなかった、と書いています。

「旅と滞在」「高原詩抄」はたまに取り出して読みたくなりそうです。
記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


続きを見る

トップへ

月別リンク

山書の林/BIGLOBEウェブリブログ